映画・テレビ

2007年8月 5日 (日)

ジョニー・イングリッシュ

くだらない、と言えばそれまでの映画。
つまらない、と言えばそれまでの映画。

なので、敢えて大真面目に書いてみようと思います。

イギリスの秘密諜報局のスパイが主人公です。
主人公はすっごいマヌケな男、プライドも自尊心もどこ吹く風で常にあるがままにミッションに対して突き進んでいきます。ヘリからビルに向かってパラシュートで進入して行く際、隣のそっくりなビルに間違って侵入し、結局一階裏口から進入したり、カーチェイス中にレッカー車に連れて行かれたり等など。
延々、そんなことの繰り返しの映画です。

しかし一方で民衆の何かのイベントに対する異様な盛り上がりと冷静さをとてもシュールに描いており、なんだか笑うに笑えない、笑えないけど思い切り笑ってしまう。
そんな映画だったと思います。

また主人公と美女のラブストーリもきちんと意味があって、確かに彼女のように人間はある一面だけを切り取って「あぁ、なんて凄い人だ」と勘違いしてそのまま突き進むことって結構多くあるような気がします。しかしそれも幸せの一つ。

単純に見れば、多分つまらない。制作側の意図を感じるととても奥深く感じることもできるかもしれません。

シュールなコメディ映画だと思います。

2007年7月22日 (日)

攻殻機動隊(GHOST IN THE SHELL)

見ました。

順番が逆だったようです。Ghost in the shellをみてからイノセンスを見るべきでした。
とはいえ、やっぱり一作目というのは凄いパワーがあります。

客に突っ込みどころを与えてはならないのですね。考えさせる隙も与えない。一杯矛盾点があっても、主張したいことがあればそれに向かって突き進まなければならない。それが映画のような気がします。

「本当の創造物はコピーとは違う、記憶も全てを自立的に作り出すことなのだ」という強いメッセージが伝わってきます。そして素子とバトーとの愛の物語。

凄い作品です。

まぁ、それにしても主人公が一杯脱ぐ脱ぐ(笑)
脱ぎすぎじゃないですか?

ちょっと話がズレるのですが、人は静止画を見て動きを感じる生き物だと思います。じっと絵を見つめていると何か動き出しそうに感じたり、走っている人の絵を見ればまるで絵の中の人物がが動き出しそうに感じたりします。一方、動画を見るという行為は、頭の中に記憶を叩き込んでいる作業だと思います。

こういう考え方に2作品(GHOST IN THE SHELLとイノセンス)を当てはめてみると、GHOST IN THE SHELLは動画で、イノセンスの方は静止画のように感じます。つまり動画(GHOST IN THE SHELL)でユーザに記憶を叩き込ませて、静止画(イノセンス)で動きを感じさせて、記憶を再構築させてるんです。

ちょっと理屈っぽすぎますね。

素直に面白い、面白くない、って言った方が良いのかな。

とにかく面白い手法とってますね。押井さん、凄い人です。

2007年7月21日 (土)

時をかける少女

去年の夏、ゲドなんちゃらとかいう小難しい映画がマスメディアを騒がせていた頃、口コミで大ヒットしている映画があるとは耳にしてました。

メディア芸術祭でも上映されたりとても気になっていましたが、やーっと見れました。

凄かった凄かった。
これぞアニメーション映画だと思いました。
せっかくのアニメーション映画ですから、言葉じゃなくて見せて魅せてくれないと。

人が大事な話をしている時はちゃんと最後まで聞くこと。
人助けはしてもお節介はしてはならないこと。
時を駆けるんじゃなくて、今を一生懸命駆けること。

こういった当たり前のことをおろそかにすると一番大切な人を失いますよ、というとてもシンプルでわかりやすい話です。

うーん、先日のイノセンスは言葉で説明しすぎてしまってたのかもしれませんね。象牙の塔にこもってはならないですね。

それは作る側も見る側も双方の責任のような気がします。

といっても、それも個人の自由なので止めることはできない。

自分でも何言ってるのかわかりませんが、とにかく「時をかける少女」面白かったです!

面白いものに言葉は要らないですね。

2007年7月17日 (火)

攻殻機動隊 イノセンス

今更ながら、「イノセンス」(攻殻機動隊2)を拝見しました。

これ、ちょっと全てあいまいにし過ぎじゃないでしょうか?
多分、足りない頭の私には少し難しすぎました。
凝った台詞のオンパレードでコッテリ感の強い作品です。

これ、劇場でお金とるよりも最初からDVD目的だったのか、という感じですね。
あとから何度もセリフを聞きなおしたり、画面をストップさせて細かな芸を探す、そんなことが楽しい作品だと思います。

映画中のいくつかテーマがある中で、記憶と人形について考えました。

『記憶』

私も「記憶はその人自身であり、記憶を失えば、その人はただの質点となる」と考えています。(とりあえず今はね、明日はわからないけど)
このことを本作品は非常に面白く描いていると思います。
劇中のキャラクタ達はその記憶がネットワークのなかにあったり、外部のハードディスクに保存されたりしており、そのうち自分がどこにいるのか本人たちはわからなくなったりします。面白いですね。

ただし、記憶をつかさどる部分と記憶を引き出す部分については作品中でもキャラクタ達が少し話していますが、記憶を用いて新たなものを創造する脳の機能については触れられてません。ちょっと気になりました。

『人形』

人形を通して虚と実というものを言いたいのでしょうか、おそらく。

それにしても繰り返しますが、少しテーマが盛りだくさん過ぎます。
従い、押井監督の真意、最後まで汲み取れず・・・沈。